ニューズレター


2025.Sep vol.130

賃貸人に通知することなく賃借人が居室内を修繕した場合の費用負担について


不動産業界:2025.Sep vol.130掲載

私は、賃貸マンションのオーナーです。私が賃貸している物件で排水不良が発生し、部屋の使用に支障が生じたとのことで、賃借人が私に連絡することなく業者を手配しました。排水不良は賃借人の手配した業者が洗浄したことによって解消されましたが、後ほど賃借人から当該洗浄にかかった費用を請求されました。

賃借人は急迫の事情があったためやむを得なかったと説明していますが、真相は定かではありません。このような状況で賃借人が賃貸人への通知なく行った修繕行為について、賃貸人は費用を負担しなくてはならないのでしょうか。


居室内で現実に排水不良が生じており、修繕の必要性が認められた場合には、賃貸人への事前通知及び急迫の事情の有無にかかわらず、賃貸人は賃借人の修繕に必要と認められる範囲の費用を負担しなければならないと判断される可能性が高いでしょう。

さらに詳しく

賃貸人は、賃貸借契約の目的物の通常の用法に適する状態で物を保存するために賃借人が支出した費用を「必要費」として負担しなければなりません(民法608条1項)。

本件において、賃借人が排水不良により居室を通常に使用することが困難になっていると判断された場合には、排水の改善のために賃借人が支出した費用は「必要費」として賃貸人が賃借人に償還義務を負う可能性があるものと思料します。

もっとも、本件では賃借人が排水管洗浄のために業者を呼ぶにあたって賃貸人に事前通知をしていないとのことですが、このような場合でも、賃貸人は洗浄にかかった費用を負担しなくてはならないのでしょうか。

民法では、以下のような条文が設けられています。

第607条の2 賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その修繕をすることができる。

一 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知ったにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。

ニ 急迫の事情があるとき。

この条文の記載を見ると、本件のような賃借人から賃貸人に対する事前通知がなく、急迫の事情があるとも認められない場合には、賃借人が修繕をすることが認められないように読めます。そのため、この場合に賃借人の修繕は認められず、結果として賃借人は修繕費用を賃貸人に対して請求できないようにも思えます。

しかし、上記の民法607条の2を新たに設ける際の法制審議会における議論を見ると、同条は賃借人が修繕権限を持つ場合があることを明文化する趣旨であって、事前の通知なく賃借人が修繕をした場合に、賃貸人に対して「必要費」の償還請求をすることが否定されるものではないという意見で概ね一致しているように思われます。

また、民法615条は、賃借人が賃貸人に対し修繕が必要な旨を通知することを求めていますが、同条の趣旨は、賃借人が通知を怠った結果、長期間放置されたことによる賃借物の荒廃などによって、賃貸人に損害を被らせないことにあると考えられます。

そのため、当該通知を賃貸人が「必要費」を負担する要件とする必要はないと考えられます。

したがって、賃貸人に対する事前通知がなく、かつ急迫の事情が認められない場合でも、修繕のために賃借人が支出した費用のうち、「必要費」と認められる範囲の金額(過大な費用ではない範囲の金額)については賃貸人が負担しなくてはならないと判断される可能性が高いものと思料します。

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