ニューズレター


2015.Nov Vol.47

不法行為に基づく損害賠償と労災保険給付との損益相殺的調整~最高裁判所大法廷平成27年3月4日判決~


2015.11.vol.47掲載

Ⅰ 事案の概要

Aは、システムエンジニアとしてY社で働いていましたが、1か月100時間を超える長時間労働を余儀なくされたことに加え、上司からの強い叱責を受けたり、下位業務への配置転換を命ぜられたりしたこと等を起因として、解離性遁走等の精神疾患を発症。あるとき、ウィスキー720mlをラッパ飲みするという暴挙に及んだ末、急性アルコール中毒により死亡しました。労基署はAの死亡を労災として認定し、その後、Aの相続人であるX1・X2がY社に対して損害賠償を求める訴えを提起。下級審も業務起因性を肯定し、Y社の賠償責任を肯定しました。

ところで、X1らは、労災保険法に基づいて遺族補償年金の受給を開始しており、今後の支給が確定しているものも含め、総額1000万円を超える給付がなされることになっていました。これらの社会保険給付は、Aの死亡(=労災事故)を原因として生ずる利益として損害額から差し引かれるところ、その充当方法について、原審の判断を不服としてX1らが上告しました。すなわち、原審は、損害の元本に充当すべきであると判示したのに対し、X1らは、遅延損害金から順次充当していくべきであると主張したのです。

Ⅱ 裁判所の判断

最高裁判所は、大法廷を開き、以下のとおり統一的な判断を示しました。

①まず、大前提として、労災保険法に基づく保険給付と民事上の損害賠償の対象となる損害との関係につき、「(当該)保険給付による填補の対象となる損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有するものについて、損益相殺的な調整※1を図る」べきであり、

②労災保険法に基づく遺族補償年金について、「労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失を填補することを目的とするものであって、その填補の対象とする損害は、被害者の死亡による逸失利益等の消極損害と同性質であり、かつ、相互補完性がある」一方、「損害の元本に対する遅延損害金に係る債権は、飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であ」り、「遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は、遺族補償年金の目的とは明らかに異なるものであって、遺族補償年金による填補の対象となる損害が、遅延損害金と同性質であるということも、相互補完性があるということもできない」と判示。

③そもそも不法行為による損害賠償債務が不法行為時に遅滞に陥るものとして扱われているのは、法的安定性を維持しつつ公平かつ迅速な損害賠償額の算定の仕組みを確保するための法技術的処理である以上、遺族の被扶養利益の喪失が現実化する都度、年金その填補を行う遺族年金の支給がなされる限り、被扶養利益の喪失は生じなかったとみることが相当である(つまり、遺族補償年金の給付は損害の元本から差し引くべきである)。

※1 厳密にいうと、社会保険給付は「損益相殺」の概念には該当しないのですが、公平の観点から被害者が受けた損害を填補する必要があるとして、損益相殺に準じた処理をしたものです。

Ⅲ 本判決の意義

不法行為に基づく損害賠償債務には、不法行為の時から全額の支払がなされるまでの間、年率5% の遅延損害金が付加され続けます。人の生命身体への侵害が生じた場合は、賠償額が非常に高額となる可能性が高く、5%といえどもその金額は決して侮れません。したがって、本件で問題となった遺族補償年金のような給付を、元本と遅延損害金のいずれから充当するかによって、最終的な賠償額には相当の違いが生じることとなります。

この点、過去の最高裁判所の判例では、結論が大きく2通りに分かれていました。すなわち、交通事故で労働者が亡くなった事案において、最高裁は、労災保険や厚生年金保険に基づいた社会保障給付を遅延損害金から充当すべきであると判示したのに対し(最高裁第2小法廷平成16年12月20日判決)、同じく交通事故によって後遺障害を負った事案においては、社会保障給付を賠償すべき損害の元本に充当すべきものと判示していたのです(同第1小法廷平成22年9月13日判決)。死亡事案か後遺障害事案かとの違いによって、不法行為に基づく損害賠償請求と社会保障給付との関係について異なる結論が生じることが妥当であるか、疑義が呈されてきました。本判決は、平成16年判決を変更し、上記のとおり社会保険給付については損害元本に充当して遅延損害金を発生させないとの処理を行うことで、この問題に対する答えを示したといえます。

Ⅳ 今後の実務における影響等

本判決は、「(不法行為に基づく)損害賠償請求と社会保険給付との関係」という論点の解釈において、講学上重要な意味を有するものですが、最終的な賠償額をどのように算定するかという点で、実務に与える影響も小さくないものと考えられます。

判示の結論は、社会保険給付の法的趣旨を直接の論拠として導かれており、先述の平成22 年判決もあわせて、今後は、死亡事案と後遺障害事案とを問わず、本判決と同様の運用がなされていくことになるものと思われます。そうすると、労働事件のうち、業務起因性が争点となる案件において、傷病補償年金等の社会保険給付がなされているか否かは、紛争が訴訟等へと発展した場合に、最終的な賠償額に大きな影響を及ぼすこととなります。

使用者は、従業員の要望がある場合に労災申請について積極的に協力するのが望ましいというのが一般論ですが、上記の事情からも、実質的な理由を求めることができるといえるでしょう。

なお、本事件に関しては、下級審における業務起因性の判断につき、ニューズレターのバックナンバーでも取り上げておりますので(第12号)、こちらについてもご参考になさっていただければ幸いです。

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