ニューズレター


2023.May vol.103

賃貸人の変更と建物明渡請求訴訟について


不動産業界:2023.Jun vol.103掲載

私は、居住用アパート(「本件アパート」)を所有し、賃貸しています。
とある賃借人が数ヶ月にもわたって賃料を滞納しているため、賃料不払いを理由として賃貸借契約を解除し、本件アパートの明渡しを求めて建物明渡請求訴訟(「本件訴訟」)を提起しようと考えています。

そのような最中、本件アパートを好条件で買いたいという人物(「新所有者」)が現れたため、同人に本件アパートを売却しました(「本件売買」)。

このような場合、私と新所有者、どちらが原告として本件訴訟を提起すべきなのでしょうか。


本件では、提訴時点の所有者である新所有者が本件訴訟を提起するのが原則となりますが、賃貸人たる地位を旧所有者に留保させることで、旧所有者が賃貸人として、本件訴訟を提起することも可能であると考えられます(民法605条の2第2項)。同項は令和2年4月1日に施行された改正民法で新たに規定されました。

結論として、本件では、新所有者と旧所有者のいずれもが原告として本件訴訟を提起することが可能ですが、訴訟戦略上、旧所有者が原告となって訴訟を進めたほうがスムーズに進むかもしれません。

さらに詳しく

1.賃貸人たる地位の移転

不動産賃借権の対抗要件が備えられている場合、不動産の譲渡により賃貸人たる地位は譲受人に当然に移転します(民法605条の2第1項)。建物賃貸借においては、建物の「引渡し」さえあれば賃借権の対抗要件が具備されることとなるため、建物の譲渡に伴い、賃貸人たる地位も移転することが通常といえます。

そうだとすると、本件売買によって、旧所有者ではなく、新所有者が本件アパートの賃貸人となるため、賃貸借契約の解除権を有する新所有者が本件訴訟を提起するのが原則となります。

2.新所有者が原告となることによって生じ得るリスク

本件売買によって賃貸人たる地位が新所有者に移転したとしても、売買前に既に発生していた旧所有者の賃借人に対する債権(例えば、所有権移転前の未払賃料など)まで当然に移転するわけではなく、当該債権を新所有者に移転させるためには、別途債権譲渡の手続をとる必要があります。

すなわち、本件において、新所有者が賃借人に対して賃料不払いに基づく賃貸借契約の解除を主張するためには、旧所有者から新所有者に対して未払賃料債権の譲渡を行い、旧所有者から賃借人への債権譲渡の通知または賃借人の承諾といった手順を踏む必要があります。これらの手続をとらない限り、新所有者との関係では、賃借人の賃料不払いはないと判断される可能性があるためです。

また、仮に、解除の効力発生後に債権譲渡やその通知を行った場合、これらは解除後に生じた事由であり、新所有者と賃借人との信頼関係破壊を基礎づけないと判断されるリスクもあります。

以上のような理由から、解除権の行使及び本件訴訟の提起は、新所有者ではなく、旧所有者が主体となって進めていくほうが手続をスムーズに進められる可能性があります。

3.賃貸人たる地位の留保

そこで、旧所有者が原告として本件訴訟を進めるための手段として、旧所有者に賃貸人たる地位を留保させるという手段が考えられます(民法605条の2第2項)。

同項によると、不動産の譲渡人と譲受人との間で①賃貸人たる地位を譲渡人に留保すること及び②売買された不動産を譲渡人が譲受人に賃貸することを合意した場合には、賃貸人たる地位は移転せず、譲渡人に留保されることになります。なお、これらの合意は口頭によってすることもできますが、後の紛争の防止のため、不動産の売買契約書にその旨を記載するか、別途覚書を締結することが望ましいでしょう。

手続的な手間が増える負担や、明渡訴訟に影響を及ぼすリスクがあることから、不動産の売買は明渡請求等の問題が解決してから行うのが望ましいといえます。もっとも、迅速性が要請される不動産取引においては、問題の解決を待っていられない場合もあることでしょう。

このように急を要する取引の場合には、本稿でご紹介した改正民法によって設けられた新たなルールを活用し、建物明渡訴訟についての戦略を立てることをご検討ください。

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